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大阪地方裁判所 昭和54年(行ウ)104号 判決

大阪市南区北桃谷町五八―五

原告

藤井信一

右訴訟代理人弁護士

香川公一

大阪市南区田島町二五―一

被告

南税務署長

指熊悟

右指定代理人

高須要子

西峰邦男

志水哲雄

鈴木淑夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

1  被告が昭和五二年二月一四日付でなした昭和四八年分以降の所得税の青色申告の承認の取消処分はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二原告の請求の原因

一  原告は、肩書地に居住し理容業を営んでおり、かねてより被告から青色申告書提出の承認を受けていた。

二  被告は、昭和五二年二月一四日付で原告に対し、昭和四八年分以降の所得税の青色申告の承認を取消した(以下、本件処分という)。

三  本件処分にはつぎのとおりの違法事由がある。

(一)  その附記理由が不備である。

すなわち、本件処分の附記理由の要点は、被告の部下職員が調査のため昭和五一年一〇月五日以降原告方に赴いた際、原告が帳簿書類を提示しなかったことは所得税法一四八条に定めるところに従って帳簿書類の備付け、記録または保存がなされていないことになるので、同法一五〇条一項一号により青色申告の承認を取消すというのである。

しかしながら、税務調査は本来任意調査であるべきもので、本件の場合帳簿等の提示義務の存することが明文で規定されているわけではなく、したがって、提示拒否を取消事由とすることは許されず、更に何故に帳簿の不提示が備付けのないことになるのか、記録義務違反になるのか、あるいは保存義務違反になるのか明確を欠くし、何故そう判断したのかその具体的根拠が明らかにされていない。

(二)  その理由自体が事実無根である。

原告において、帳簿書類を終始半永久的に提示しないとの意思を明言したことはなく、ただ、私生活の平穏やプライバシー、営業上の正当な理由を前提として事前に通知をして日にちと時間と場所とを打合わせて欲しいとか、記帳補助者や相談者等について立合わせて欲しいとか、如何なる事情でどんな内容の調査に応ずれば良いのか一応の範囲を明確にして欲しいという納税者本人の要求をするうち、被告の職員は調査の理由開示をかたくなに拒否するとともに、かかる状態では調査の妨害、拒否とみなされるなど一方的かつ威圧的態度を示し、そのうえ約束の日時に現われず調査放棄に等しい不誠実をとり続けたもので、本件は調査権の合法性や正当性の根拠を明示する正当かつ憲法上の要請を履践する行為をかたくなに拒否し、その結果その限りにおける単なる一時的な検査拒否状態の発生をとらえてなされたものである。

(三)  本件処分は、適正手続によらずになされた違法なものである。

すなわち、本件処分は、高圧的態度で調査に臨んだ一、二の係官の報告のみに基づいて一刀両断的になされたもので、納税者である原告の協力を得る点において慎重な配慮を欠いた恣意的な処分であり、また通常は警告書が発せられるのに、本件の場合それがなされていないから、比例平等原則の点からも違法である。

四  よって、本件処分の取消を求める。

第三被告の答弁

一  請求の原因一、二記載の事実は認める。

二  同三記載の事実は争う。

第四被告の主張

一  被告は、原告の昭和四八年分から昭和五〇年分の所得税の確定申告について、つぎのとおりの調査を行った。

すなわち、大蔵事務官森本幹太郎は、原告がした昭和四八年分から昭和五〇年分の所得税の確定申告の調査をするために、昭和五一年一〇月五日、七日、二〇日、二一日、二八日、同年一一月一一日、一八日の七回にわたり原告方に臨場して、原告に対し、直接あるいは家族を介して青色申告にかかる帳簿書類の提示を求めるなどしたが、原告は言を左右にしてこれに応じなかった。

二  右のとおり、再三にわたる調査にかかわらず原告が帳簿書類を提出しなかったことは所得税法一五〇条一項一号に該当するので、(帳簿書類の備付け等とは、単に帳簿書類が物理的に存在することを意味するのではなくてそれを税務職員に提示することを当然の前提としているものとみるべきであるから、帳簿書類を提示しないということは、法的な評価においてその備付け等が欠如していることを意味する)、被告は、昭和五二年二月一四日原告に対し、「被告の部下職員(森本係官)が再三にわたり帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、原告は終始提示しなかったのであり、このことは、青色申告にかかる帳簿書類の備付け等が所得税法一四八条に定めるところに従っておこなわれていないことになり、同法一五〇条一項一号に該当する」旨の理由を附記して本件処分を行った。

三  また税務職員の質問検査権は、適正な納税の実現を確保するために認められているものであり、その行使が客観的に必要である場合においては常になし得るもので、事前通知、調査の理由及びその必要性の開示について、法にはそれをしなければならない旨の規定がないことから、質問検査権行使の手続的要件と解することはできず、被告の部下職員が原告に対して行った質問検査権の行使には違法はない。

四  したがって、本件処分には違法な点はなく、適法である。

第五証拠関係

一  原告

1  甲第一号証

2  証人下垣内美博、原告本人。

3  乙第一、第二号証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一、第二号証。

2  証人森本幹太郎。

3  甲第一号証の成立は認める。

理由

一  原告が理容業を営んでいるもので、かねてより被告から青色申告の承認を受けていたこと及び被告が昭和五二年二月一四日付で原告に対し昭和四八年分以降の所得税の青色申告の承認を取消したことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第一号証によれば本件処分には別紙記載の理由が附記されていたことが認められる。

二  前掲乙第一号証、証人森本幹太郎の証言、証人下垣内美博の証言の一部、原告本人尋問の結果の一部によれば、本件処分に至る経緯として、

(1)  昭和五一年当時南税務署の職員であった森本は、原告の確定申告にかかる昭和四八年分から昭和五〇年分の所得税について、次のとおりの調査をしようとした。

(2)  森本は、昭和五一年一〇月五日原告方に赴き、原告に対し、南税務署の職員の身分証明書を呈示して「昭和四七年頃から長い間調査に来ていないので、今回原告の昭和四八年分から昭和五〇年分の所得税の調査に来た。青色申告者として帳簿に則って適正に申告されているかどうかを確認に来た。」旨告げ、青色申告者が備付け及び保存を義務づけられている所得税法一四八条所定の帳簿書類の提示を求めたところ、原告が「今日はこれから外出するので都合が悪い。揃えて置くから一〇月七日午前一〇時頃にしてほしい。」というので、その日の調査を中止した。

(3)  森本は、同年同月七日午前一〇時頃再度原告方に赴いたところ、南区の民主商工会の事務局員である下垣内と田中が待機しており、またテープレコーダーが設置されていた。原告は、森本の帳簿類の提示に対し「事前連絡なしになぜ調査に来たのか。調査理由をいえ。調査理由が納得できない限り帳簿は見せられない。」といい、また森本から「テープレコーダーは調査に必要がないので取除いてもらいたい。民主商工会の人は直接調査に関係がないので出て行ってもらいたい。」と要求されたのにも応じなかった。さらに、居合わせた下垣内らも「事前に連絡しろ。調査理由を述べろ。七二国会の決定を知っているのか。」等というので、森本は原告から帳簿書類の提示を受けることができないと考えて引揚げた。

(4)  森本は、同年同月二〇日三度原告方に赴き、理容の仕事に従事していた原告の次男藤井信行に対し「仕事が一段落して都合がよかったら、原告の事業活動の概略を説明してもらいたい。帳簿書類は誰が作成しているのか聞かせてもらいたい。」といったが、これを断られたため、同人に対し、調査を拒否したり妨害をしたときは罪になる旨警告をした。

(5)  森本は、翌二一日原告に対し電話で「調査に協力して青色申告の帳簿書類を提出してもらいたい。」と催告したところ、原告が「わしが留守の間に従業員に対して調査するとは何事か。帳簿は見せられない。二八日に会おう。」といって一方的に電話を切ったので、原告が在宅しているから調査を進めようと考え、同日午前一〇時過ぎ頃同僚の仁野と一緒に原告方を訪ね、原告に対し帳簿書類の提示を求めた。原告は、「事前連絡なしに来ても帳簿は見せられない。さきほどの電話で一〇月二八日午前一〇時頃会うと約束したではないか。」といって取り合わず、そのうちに下垣内と田中がやって来て、森本に対し「この間、納税者が調査を受けようとしていたのに、なぜ勝手に帰った。謝れ。」などといい出す状態で、森本はこの日も帳簿書類の提示を受けることができなかった。

(6)  森本は、同年一〇月二八日原告方に赴いたが、民主商工会の下垣内らが待機しており、同人や原告が口々に「調査理由を言え。調査理由が納得できない限り何度来ても同じだ。調査はもう受けない。」などというので、調査は全然進展しなかった。

(7)  森本は、同年一一月になってからも原告方に赴き、調査しようとしたが、原告が不在であったりしてその協力を得ることができなかった。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人下垣内美博及び原告本人の各供述部分は採用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

三  そこで、本件処分の違法性の存否について判断する。

(一)  まず附記理由が事実無根であるという原告の主張について。

前認定の本件処分に至る経緯についての事実経過は別紙記載の附記理由と事実を同じくするから、附記理由が事実無根であるということはできない。

もっとも原告は右事実経過を捉えて被告の部下職員による違法な調査に対する単なる一時的な検査拒否状態に過ぎないと主張する。

しかし、税務調査における質問検査権(所得税法二三四条)の行使は、所得税の申告の真実性、正確性を確かめるのに必要な場合にも許されるものであり、それが令状に基づかない任意調査であることから一定の限界があるにせよ、その調査の方法等実定法上特段の定めのない実施の細目については権限のある税務署員の裁量に委ねられているものと解せられるところ、前認定の事実経過によれば税務署員である森本は原告に対し昭和四八年分から昭和五〇年分の所得税の調査で、青色申告者として帳簿に則った申告がされているか確認に来た旨告げて、該当年分の青色申告にかかる帳簿書類の提示を再三求めたにもかかわらず、原告は、事前に連絡せよとか、調査理由をいえなどといい、また第三者の立会を要求して、最後まで、右帳簿書類の提示を拒否し続けたものであって、単なる一時的な検査拒否状態とはみられず、また本件に顕れた一切の事情を参酌しても、森本において、原告方の営業活動を妨げるとか、信用を失墜させるとか、私生活の平穏を害するとかの質問調査権行使の限界を越えたことを窺わせるものがないから、結局、被告において、「原告が青色申告にかかる帳簿書類の提示を拒否した」と認定したことに非違はない。

したがって、原告の右主張を容れることはできない。

(二)  つぎに附記理由の不備の違法があるとの原告の主張について。

青色申告制度が設けられた趣旨は、申告納税制度の下で納税者に対し帳簿書類を備付け、取引を正確に記録することを奨励することにあり、これを実効あらしめたるために、青色申告の承認を受けた者に対して一定の帳簿書類の備付け等を義務づける反面、種々の特典を与えている。したがって、青色申告の承認を受けた者に対して一定の帳簿書類の備付け等を義務づけていることの当然の成行きとして、青色申告の承認を受けた者は、税務調査の際には税務職員の求めに応じて右記帳にかかる帳簿書類を提示することも義務づけられているものと解するのが相当であり、特段の事情のない限り、納税者が右の提示拒否したときは、所得税法一四八条一項に定める一定の帳簿書類の備付け等の義務に違反したと推認されても已むを得ないといわねばならない。

これを本件についてみると、税務調査の際、税務職員である森本から青色申告にかかる該当年分の帳簿書類の提示を再三求められたにもかかわらず、原告が終始これに応じなかったことから、被告において、原告の右態度が所得税法一五〇条一項一号(同法一四八条一項に定める一定の帳簿書類の備付け等の義務に違反すること)に該当するものと認定し、別紙記載のとおりの理由を附したのであるから、取消処分事由とその基因となった事実の記載との間にくいちがいはない。

したがって、本件処分の附記理由に不備がないから、原告の右主張を容れることはできない。

(三)  本件処分には適正手続によらずになされた違法があるとの原告の主張について。

右主張は、要するに、本件処分に先立って、原告に対し警告等からの措置がなされるべきであったにもかかわらず、何らの措置もなされずに本件処分がなされたから、本件処分には裁量権の濫用の違法が存する、というものである。

成立に争いがない甲第一号証、証人森本幹太郎の証言によれば、青色申告の承認の取消処分については、右処分に先立って警告書が発せられ、納税者がこれに従わなかったときに右処分がなされる事例の存することが認められるが、前認定の事実関係の下で、原告に対し予め警告書が発せられなかったからといって、本件処分に裁量権濫用の違法が存するとはいえないし、他に本件処分に裁量権濫用の違法が存することを窺わせるに足りる事情もない。

そうすると、原告の主張も容れることはできない。

四  以上の次第で、本件処分には何ら違法な点はなく、したがって、その取消を求める原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 志水義文 裁判官 井深泰夫 裁判官 西野佳樹)

別紙

昭和四八、四九、五〇年分の所得税の調査に関し、必要があったので昭和五一年一〇月五日午前一〇時三〇分ごろから午前一〇時五〇分ごろまでの間において大蔵事務官森本幹太郎があなたの事業所において、あなたの事業に関する青色申告のための帳簿書類の提示を求めたところ、「今日は外出するので一〇月七日午前一〇時ごろに会いたい。その時帳簿はそろえておく。」と言ったにもかかわらず、昭和五一年一〇月七日午前一〇時ごろから午前一〇時四〇分ごろまでの間において大蔵事務官森本幹太郎が行った所得税調査の際に、再度あなたの事業に関する青色申告の帳簿書類の提示を求めたところ、あなたは「調査理由は何か。」「事前に連絡しろ。」「調査理由が納得できない限り帳簿書類は見せられない。」などと言って調査に応じなかったばかりでなく南区商工会の下垣内事務局員及び田中事務局員ら二名が調査に立会し、「調査理由をいえ。」「調査立会を認めろ。」「七二国会の決定を知っているのか。」「調査理由を言わずに、帳簿書類と言ってこちらの質問には答えないで一方的だ。」などの悪言を大蔵事務官森本幹太郎に浴びせ、テープレコーダーに録音するなどのいやがらせを行ったので、あなたに対し再三にわたり調査立会者の退去を要請し、さらに帳簿書類の提示を求めたにもかかわらず、これに応じなかった。

また、昭和五一年一〇月二〇日午後二時二〇分ごろ大蔵事務官森本幹太郎が、あなたの事業所に臨場しましたが、あなたは不在でしたので、あなたの親族を通じて帳簿書類の提示をするよう連絡し、昭和五一年一〇月二一日午前九時三〇分ごろ大蔵事務官森本幹太郎があなたに対し、電話で帳簿書類の提示を行ない調査に応じるよう催告しましたがあなたは「事前連絡なしに昨日来て従業員に対して、主人の承諾も得ずに調査するとはなにごとだ。帳簿書類は見せられない。」と言って帳簿書類の提示を拒否した。

昭和五一年一〇月二一日午前一〇時一〇分ごろから午前一〇時四〇分ごろまでの間において大蔵事務官森本幹太郎があなたの事業所において、あなたの事業に関する青色申告のための帳簿書類の提示を求めたところあなたは、「事前連絡なしに来ても帳簿は見せられない。」「今日朝電話で五一年一〇月二八日午前一〇時ごろに会うと指定したではないか。」と言って帳簿書類の提示を拒否したばかりでなく、昭和五一年一〇月二八日臨場時に帳簿書類は提示してくれるかという質問に対し返答はなく確答は得られなかった。

昭和五一年一〇月二八日午前一〇時ごろから午前一〇時三〇分ごろまでの間において大蔵事務官森本幹太郎があなたの事業所において行なった所得税調査の際に再度あなたに対して帳簿書類の提示を求めたところ、「調査理由が納得できないかぎり何度来ても同じことだ。」と言ってついにその提示を得ることができなかった。

これら帳簿書類を終始提示されなかったことは、青色申告に係る帳簿書類の備付け、記録または保存が所得税法第一四八条に定めるところに従って行なわれてないことになります。

従って所得税法第一五〇条一項一号に該当しますので青色申告の承認を取消します。

以上

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